閲覧者数: ...

ひと月限りのラブストーリー

[ウミガメのスープ]

ウミコに大切なメガネを叩き割られた日の夜、カメオがいつものカメオでいられたのは何故?


出題者:
出題時間: 2018年10月27日 23:42
解決時間: 2018年10月27日 23:44
© 2018 エルナト 作者から明示的に許可をもらわない限り、あなたはこの問題を複製・転載・改変することはできません。
転載元: 「ひと月限りのラブストーリー」 作者: エルナト (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/2443
タグ:

確かに朝帰りは良くないことだとは思っていた。
それでも憧れの先輩が仕事を辞め、もう会えなくなることが分かっていた送別会の日の夜、思いを伝える最後のチャンスに彼の元を早々と離れることには抵抗があった。
いつもなら終電があるからと帰るくせに、二次会にも三次会にも参加した私のことを、仕事仲間たちは不思議に思ったかもしれない。
あるいは、それだけで気持ちはバレていたかもしれない。
だけど、やっぱり最後まで好きだということを伝えられないまま、ウミコは一人で家路に着いた。
重たい足で一歩ずつ、まだ日の昇らない月灯りだけの暗い夜道を歩いていく。
だからだと思う。
ガラの悪い人たちがすぐ近くまで来ていたことに、ウミコは全く気が付かなかった。
「姉ちゃん一人で何してるの?ねぇ」
男たちはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、ウミコの腕を掴んだ。
「は、離してください」
「若い女の子がこんな時間までほっつき歩いてたら、こうなっちゃうよねぇ〜」
ウミコは、怖くて声を上げることも出来なかった。こんな明け方の夜道、通りがかる人なんて誰もいない。
この人たちもおそらくお酒を飲んでいるのだろう、アルコールの匂いがツンと鼻についた。
誰か──誰か助けて──。
目を瞑り、心の中で叫ぶ。

助けてくれる人なんて、決して現れないと思っていた。

「なんだてめぇ、おかしな格好しやがって」

ウミコの腕が、不意に解放された。
恐るおそる目を開けると、どう見ても作り物には見えない、巨大な狼がそこに二本の足で立っていた。
狼は、突然その鋭い爪のある右手、いや右前足を振り下ろし、ウミコを取り囲んでいた男たちに襲い掛かった。
身の危険を感じた男たちは、あっという間にその場から逃げていく。
ただ一人、その場に取り残されたウミコは、恐怖のあまり、腰を抜かしその場にヘナヘナと座り込んでしまう。
狼は、グルルと唸り声をあげながら、ジリジリとウミコとの距離を詰めていった。
だが、狼はウミコを襲うことなく、そして突如、まるでビデオ映像の早送りで見ているかのように、狼が一人の男に姿を変え、そしてウミコの目の前で倒れた。
いつのまにか満月は沈み、そして東の空から太陽が昇っていることに気付く。
「助かった……いや、助けて、もらった?」
ウミコがポツリと呟く。
メガネを掛けた、何処にでもいそうな冴えない男は、スースーと静かに寝息を立てていた。

彼のおかげでガラの悪い人たちから助けられたのは確かだったので、気味が悪いとは思いながらも彼を抱えて、道路の脇の安全そうな場所に座らせた。
そのまま帰るのも気が引けて、ウミコは彼が目覚めるのを待った。
先程まで狼の姿をしていたとは思えないほど、彼は可愛らしい顔立ちをしていた。
その寝顔を、しばらくの間ウミコは眺めていた。
数分程が経ち、目を覚ました彼はカメオと名乗った。
ウミコが全てを見ていたこともあり、カメオは自分が狼男なのだと正直に教えてくれた。
だからなのか、カメオは自分に関わらない方が良いとウミコを冷たくあしらった。
しかし、助けられたのは事実だった。
どうしてもお礼がしたいと、なんとか連絡先を聞き、そして翌日に食事をする約束を取り付けた。

カメオは、優しかった。
満月の夜にあんなにも獰猛な姿に変わってしまうなどとは俄かに信じられなかった。
メガネの奥の柔らかいその瞳が綺麗で、ウミコはすぐに彼のことが好きになってしまった。
カメオはやはり関わらない方が良いと、何度もそういった。
どうやったら狼男にならずにすむのか何度も試したが、叶わなかったのだという。
だから、一緒にいたらいつ君を傷付けてしまうか分からない、君を傷付けたくはないから一緒にはいられないと彼は言った。
そんな彼の言葉を聞いて、ウミコは嬉しくなった。
理由が一緒にいたくないから、ではなかったから。
だから、ウミコは諦めなかった。
しつこいほど連絡をして、会いに行った。
一歩間違えばストーカーと言われ警察に突き出されていたかもしれない。
そのためか初めはカメオも嫌がったが、次第に受け入れてくれるようになった。
仕事が終わったら毎日彼の家へ行き、手料理を振る舞った。
料理はあまり得意ではなかったが、カメオは静かに、でもおいしいと言って食べてくれた。
二人でいろんな話をして、買い物に行って、ご飯を食べた。

そうして濃密な1ヶ月を過ごし、再び満月の日がやってきた。
カメオは、もう会うのはやめにしようと言った。ウミコはそれに首を縦に振らなかった。
「だけど、月を見たら、僕は狼になってしまうんだ……だから、さようなら」
そう言って切ない笑顔を見せた彼の言葉が、本心ではないとウミコは気付いてしまった。
気付いてしまったからこそ、ウミコは諦められなかった。
彼のメガネを奪い、それを地面に叩きつけ、そして踏み割った。
突然のことにカメオは呆然として、そしてすぐに我に返って言った。
「な、何をするんだ……!?」
「月が見えなければ良いんでしょ!」
ウミコが声を震わせてそう叫ぶと、カメオはハッと我に返ったようにウミコを見た。
「でも、そうしたら……僕は目が悪いから、君の顔も見えなくなってしまう……」
オドオドとしながら言ったカメオのその姿はとても弱々しく見えた。
だけど。
だけど、そんな彼が好きなのだ。
好きになってしまったのだ。
「これでも、私の顔、見えない?」
ウミコは、カメオの吐息がかかるほどまで顔をグイッと近付けて言った。
カメオは恥ずかしそうに、顔を赤く染めた。
「み……見えるけど……」
カメオは目を逸らしたが、ウミコは構わず彼と唇を重ねた。
柔らかくて、優しい感触がした。
「そんなことされたら、やっぱり僕は、狼になってしまうよ……」
照れながらカメオが言うので、ウミコは声に出して笑った。
「なってよ。カメオなら、大丈夫だから」
ウミコはそう言ってカメオの手を握り、夕暮れの街を駆け出した。
カメオはそれを拒まなかった。

その日を境に、カメオが狼になることはなくなった。

***答え***
近眼である狼男のカメオはメガネを壊されたことで月が見えなくなり、狼に変身せずにすんだ。


出題者:
参加するには または してください
パトロン:
アシカ人参
と 匿名パトロン 3 名
Donate using Liberapay
Avatars by Multiavatar.com
Cindy