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ないていたのは──

[ウミガメのスープ]

女子高生であるカメミがそれまで一度も話したことのなかったクラスメイトのウミコに声を掛けたのは、教室の窓の外にツバメの巣があることにカメミが気付いていなかったからだという。
一体どういうことだろうか。


出題者:
出題時間: 2019年3月18日 21:16
解決時間: 2019年3月18日 22:17
© 2019 エルナト 作者から明示的に許可をもらわない限り、あなたはこの問題を複製・転載・改変することはできません。
転載元: 「ないていたのは──」 作者: エルナト (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/2998
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カメミが片想いしているシン太郎が窓の外のツバメの巣を気にしていたのを、窓際に座っていたウミコを見つめていると勘違いし、シン太郎の視界に少しでも入るためにカメミはウミコに声をかけたから。

***

以下、解説超長文です。ご注意ください。

暖冬だった今年は、桜の開花も例年より早いのだといつかみたテレビが告げていた。そんな桜の花が咲くことが、カメミにとっては憂鬱で仕方がなかった。
今年開花予報の出ている3月末の頃には、もうカメミは今通っている高校を卒業してしまっているからだ。大学にも無事合格し、4月から東京都内の大学に通うことが決まっていたカメミにとって、これまで学校生活を共にしてきた友人たちとの別れが迫っていた。そしてその中には、中学生の時から片想いをしていた、一人の男の子も含まれている。

ハァ、と小さく溜め息を吐きながら、カメミはシン太郎の方を向いた。教室の中程に座っている彼の横顔が、驚くくらい眩しく見えた。担任は明日の卒業式の段取りについて、しきりに説明している。しかし、そんな内容なんて頭には全く入ってこない。
彼と会えるのは、もう、明日で最後になる。

最後に、なるんだ。

──ドクン、と心臓が跳ねる。想いを伝えなければならないと、胸の鼓動が急かしている。しかし、どうやって? 中学二年生の時から五年間も温め続けてきた想いを、どうすれば伝えることができる?

──好きです。

たった短いその四文字を絞り出すには、どれくらいの勇気が必要だろうか。カメミよりも前の列に座っているシン太郎の横顔を見つめながら、カメミはあーでもないこーでもないと考えを巡らせた。──と、あることに気付く。横顔? そう、横顔。彼の横顔には、特段おかしな所などない。しかし、普通なら決して見えるはずがないのだ。彼の横顔など。だって、これまで彼女が見続けていたのは、彼の後頭部ばかりだったじゃないか。なのに──ズキリと、胸が痛んだ。嫌だ。そんなの、あんまりだ。
気付きたくない真実を知ってしまった。カメミが、毎日シン太郎を目で追い続けていたように。彼もまた、何かを目で追いかけている。知りたくはなかった。でも、知らない訳にはいかなかった。胸に、ポカリと空いた穴を、制服のシャツのボタンを握りしめるように塞ぎながら、カメミは恐るおそるその視線の先を追った。そして、あぁと、カメミは項垂れる。

窓際に座っていたのは、ウミコだった。

そうか、彼女だったのか。カメミは妙に納得した。クラスでも指折りの美少女、成績優秀で東京のとある有名大学に進学することが決まっていた。器量も良くて、愛想も良い。学校に持ってくるお弁当はいつも彼女の手作りで、男子はおろか女子でも食べてみたいと思うような、そんな綺麗なおかずが彼女の弁当箱の中にはいつもギッシリと敷き詰められていた。冷凍のハンバーグと卵焼きとお湯で湯がいたブロッコリーが入っただけの、そんなお昼ご飯ばかり食べていたカメミには到底真似出来ないし、勉強だっていまいちだったし、シン太郎の近くにいても笑顔ひとつ向けられないカメミにはとても構わない女性だった。なんでも兼ね備えている彼女だからこそ、シン太郎の心を奪われても仕方がないと思えた。

だけど。せめて、最後の二日間くらい、彼の視界の中に居続けたい。そう思ったカメミは、担任教師の話が終わりチャイムが鳴るや否や、これまでほとんど話したこともなかったウミコの元に駆け寄った。話題なんてなんでも良い。ウミコに不思議がられたって構わない。残された時間は無いのだから、なりふり構ってなんかいられなかった。

「ウミコちゃん、ちょっと、良い?」
「え?うん、どうかしたの?」

唐突に声をかけられ、少し驚いたような表情を見せたウミコだったが、すぐに満面の笑みに変わった。女であるカメミから見ても、心が温かくなるような、そんな笑顔。やっぱり、敵わない、な。

「えっと、ウミコちゃん、東京の大学、合格したって聞いたから! 私も実は、東京、行くんだ。ウミコちゃんみたいな有名な所じゃないけど……」
「あぁ、そうだよね! シン太郎君から聞いたよ! そっか、じゃあ、四月からも仲良くしようね!」

彼女はそう言って、またも笑顔でカメミに手を差し伸べた。もしカメミが男だったら、今この瞬間、間違いなく恋に落ちていたに違いない。純粋無垢なその表情をカメミに向けてくれることが嬉しくもあり、同時に苦しくもあった。彼女は今、「シン太郎君」と、そう名前を出していた。彼とはそんな会話をするくらい、二人は仲が良かったのだと知った。悔しい。だけど、仕方がない。彼が選んだ女性なのだから。素直に、彼の幸せは応援してあげなければならない。そんなことを考えていたからだろう、カメミの手は、震えていた。そのことがウミコにバレるのが怖くて、カメミは力いっぱい彼女の手を握りしめた。気付かれないように、無理やり笑顔を作ってみせた。しかし、ふと見てみるとウミコはいつの間にか真顔になっていた。気付かれた? そんな不安がカメミの心を過る。

「ねぇ、カメミちゃんって、シン太郎君と同じ中学なんだよね? あんまり話しているところは見たこと無いけど……」

ドキリとした。やはり、気付かれている。どうして──どうしてそんな余計な所にまで、彼女は気付いてしまうのだろう。

「うん。同じクラスだったのは、中学二年と今年だけだったから」

何気ない風を装って、そう答えた。どうしようもないくらい、惨めで薄暗い感情がカメミの心の中を支配していく。あぁ、やっぱり、彼女に声を掛けたのは失敗だっただろうか。ひょっとしたら、二人はもう既に付き合っているのではないだろうか? 二人が同じ中学であることなど、ウミコと話したことがほとんどない彼女が知っている事自体、よくよく考えれば不思議だ。つまりウミコはシン太郎からそれだけ色々な話を聞いている、ということになる。気付かなかった。二人はいつの間にこんなにも仲良くなっていたのだろう。野球部に入っていたシン太郎と、美術部に入っていたウミコとの接点なんて何も思い当たることはない。二人がクラスが同じだったのも、今年が初めてだったのではないだろうか。不意に、先程までウミコを見つめていたシン太郎の横顔がフラッシュバックする。あぁ、そうか。そうだったのか。
そんなにもいろんなことを話すくらい──シン太郎はウミコのことが大好きなんだ。

「ほんと、シン太郎君ってカメミちゃんのことが大好きなんだね」
「……は?」

今まで考えていたこととは百八十度真逆の、予想外の彼女の台詞を聞き、思わず変な声が出てしまった。それを聞いたウミコは吹き出して笑う。え? 何を言っているんだ、彼女は?

「だって、シン太郎君っていっつもカメミちゃんの話ばっかりするんだもん」
「え、いや、だって、シン太郎君は、ウミコちゃんのこと……あれ、えぇ?」

考えが纏まらない。どういうことだ。だって、さっきだって、彼はウミコの方をずっと向いていて──ほら! 今だって仲間にしてほしそうに立ち上がってこちらを向いているじゃないか! そしてほら!こっちに向かって、歩いてくるじゃないか! いや! ちょっと! ちょっと待って! 今は待って! 待ってって!!
心臓はバクバクと脈打ち、顔が熱くなる。今はまともに彼と話をする余裕なんてない。しかし、彼はそんなカメミのことに気付いてか知らずか、二人の横を素通りして、窓の外を眺めていた。何かを、見上げているように見える。

え、待って、どういうこと? 目を細めて、彼の視線の先を追う。何やら、屋根と壁との間のところに、鳥の巣らしいものが見えた。ドキドキが収まらないなか、ひとまず大きく息を吸って、そして吐いて、カメミは彼に声を掛けることにした。

「あの、シン太郎、君? どう、したの?」
「え?あ、いや、ほら、ツバメが巣、作ってるなって思って」
「つ、ツバメえぇ!?」

素っ頓狂な声を上げ、シン太郎は呆気にとられたようにポカンと口を開けた。そんな二人の姿を見て、ウミコはクスクスと肩を震わせながら笑った。

「まぁ、よく分からないけど、カメミちゃん、そういうことだから。あ、そうだ、私もう今日は帰らないと行けないから、後はごゆっくりね! 連絡先、明日教えて貰っても良い? 東京でもよろしくね。それから……」

ウミコはそう言って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、カメミに耳打ちをした。彼女も、こんな顔で笑うんだと、素直に驚いた。

「結果も、教えてね」

今度は、カメミも見慣れた満面の笑みだった。そして数秒遅れてその言葉の意味を理解して、カメミはカッと顔を赤く染めた。不意に、すぐ近くにシン太郎の顔があることに気付き、振り向いた。彼もそれに気付いて、カメミの方を向いたが、急に顔を赤くして、彼女から目を逸らした。嘘だ。いや、嘘じゃなくて良い。まさか。そんなまさか。ドキドキが止まらない。頭の中が、ボーッと熱くなる。思考が鈍っていき、周囲から音が、そしてシン太郎以外の全てが、視界から全て消え去ってしまったようになっていく。

「あ、あのさ……ちょっと、時間、ある?」

目を逸らしたまま、シン太郎が尋ねた。言葉が出てこず、カメミはただ黙ったままコクコクと頷いた。シン太郎から促されるまま、二人は仲良く校舎の屋上へと上がっていく。カツカツと階段に響き渡る足音よりも何倍もの速度で、心臓が脈打つのが聞こえていた。そこからは、何がどうなっていたのかは分からない。リアリティのある夢を見ているような、そんなフワフワとした感覚の中で、一生忘れることのないであろう言葉が、彼の口から聞こえてきたような、それだけを、ただ覚えている。

***

「さてと、今日は甘い物でも食べて帰ろうかな」
誰に話しかけるでもなく、彼女は一人、呟いた。そういえば、駅前に新しいカフェができたという噂を美術部の後輩から聞いていたんだっけ。受験勉強に追われなかなか行くことが出来ていなかったが、そんなことを思い出し、なんとなくそこへ寄ることにした。

──今頃、二人は恋人同士になれただろうか。先程の教室で見た二人の様子を思い出しながら、彼女は空を見上げる。青い空に、小さな白い雲が風に流されていくのがみえる。もうすぐ桜が咲くとは思えない、冷たい風が彼女の頬を撫でた。

初めて彼女がシン太郎のことを知ったのは、高校一年のグラウンドだった。照明がほとんどないグラウンド。もう冬が目の前に迫り日没が早いためか、その日は文化部である彼女たちの部活動よりも野球部は早々と練習を切り上げたらしい。そんな中でたった一人残って、バッドを振り続ける一人の男の子がいた。

人が人を好きになるきっかけなんて、振り返ってみれば些細なことだ。そんな些細なことだったからこそ、ずっと話しかけることすらできず、只々影で彼が練習に励む姿を密かに応援し続けてきた。そうして高校三年になり、同じクラスになった時は心の底から嬉しかった。積極的に彼に話しかけ、彼の引退試合にも応援に行った。最後の試合で泣いている彼の後ろ姿を見て、抱きしめて上げたい思いながらも、それが叶うことはなかった。彼の心の中には、いつも一人の女の子がいたからだ。

文化祭ではクラスの前に立ち、受験も控え殺伐とした空気の中でクラスを纏め上げた、いわばムードメーカーとも呼べる彼女は、たとえどんなにギスギスとしていても和やかな空気に変えてしまう、そんな不思議な力を持っていた。そんな彼女の名前が、どんな話していたとしても、何度も何度も、シン太郎の口から飛び出してくるのだ。どんなに鈍くたって、嫌でも気付いてしまう。シン太郎の心の中には、自分はいないのだ、と。彼の心の中にいるのは──。

ジワリと、空が滲んだ。大丈夫。いつかこの日が来ると、もうずっと前から覚悟は決めていた。話したこともほとんどなかったけれど、だけど女である自分でさえ彼女と仲良くしたいと思うくらいなのだから、それはもう、仕方がないことなのだ。

──だけど。覚悟は、決めていたのに。

空は滲んだまま、ポタリと、ウミコの頬を涙が伝う。
ごめんね、カメミちゃん。私なんかと仲良くしようと声を掛けてくれたのに、今は悔しくて辛くて仕方がないんだ。だけど、大丈夫だから。明日になったらまた、笑ってあなたと会えるから。

だから、ごめんなさい。

今日だけは、泣き虫な私を、許してください。


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Cindy