転載元: 「【終わりますか?リサイクル】いろくず」 作者: 名無し編集者 (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/5234
入社してすぐ、冬美は同じ会社の男性に恋をした。
でも声を掛ける勇気なんかない。
それどころか近づく勇気すらなかった。
彼はいつも、同じ時刻の電車の同じ席に座って出勤していた。
だから冬美もいつも同じ電車に乗った。
たとえ座席に座っている彼の前に、少しばかりゆったり立っていられるスペースがあったとしても、そんなところに行けるわけがない。
いつもドア前の一番混んでいるあたりで、立ち並ぶ人々に紛れるようにして立っていた。
電車の揺れに合わせて人混みが揺れる。
冬美は、人と人との間に見え隠れする彼の顔を、そうっと見ているだけだった。
恋の終わりは突然だった。
冬美は同僚から、彼が近々結婚するという話を聞いたのだ。
それでも冬美の日課は変わらなかった。
失恋が確定しても、彼の顔を見ずにはいられなかったのだ。
だが、やがて新居に引っ越した彼は別の路線で会社に通うようになった。
もう彼を電車で見かけることは無いだろう。
冬美は人混みに隠れる必要がなくなった。
「ドア付近は大変混み合います。空いている奥の方へお進みください。」
車内アナウンスを聞いて、座席前の比較的空いた場所に移動する。
冬美は車窓の景色を見ながら、「こんなところを走っていたんだ」と思った。
今までは彼のことばかり見ていたし、帰りはもう暗くなっていたので、景色なんか見たことがなかったのだ。
電車は鉄橋に差しかかり、朝日に輝く川面が見えた。
冬美は、光の乱舞の美しさに思わず涙ぐみ、改めて自分の恋が終わったことを噛みしめた。