王様「勇者ユシャオよ、魔王マオオを討伐する勇者として名乗り出てくれたこと、大変ありがたく思うぞ。出来る限りの援助はさせてもらう。どうか魔王を打ち倒し、世界を救ってくれ」
勇者「はい、必ずや魔王を討ち果たして参ります」
魔王軍の侵略によって人間の世界は滅亡しかかっていた。そんな中で、王の呼びかけに応えて立ち上がった、類まれな実力を持つ勇者ユシャオは、生まれ故郷の町を旅立ち、はるか彼方にある魔王マオオの居城へと向かった。
途中、大きな湖のほとりにある小さな村にたどり着き、そこの村長に助けを求められた。
村長「おお、あなたが噂の勇者様ですな。どうか我々をお助けくださいますよう。もちろん出来る限りのお礼は致します。実は、魔王の部下である四天王のうちの一人が、我々の生活の源である湖を完全に制圧してしまったのです。このままでは、我々は一人残らず干からびて死んでしまいます」
勇者「なんと……。おのれ、非道な魔王軍め。分かりました、お任せください。しかし礼などとんでもない、この村に元の平和さえ戻れば私は充分です」
村長「いえ、そういうわけには……。それに、湖の中心にある小島には、御神体として聖剣が刺さっておりましてな。この村に伝わる伝説によれば、その聖剣はあらゆるものを斬り裂く力を持ち、引き抜いた者は世界をも救うであろう、とされています。あなたが聖剣を引き抜く者であるのならば、今はまさに世界が救われるその時です。四天王さえいなくなれば、小舟でそこへ向かうことも可能でしょう。そのときは、聖剣はお譲り致します。きっと旅のお役に立つことでございましょうぞ」
勇者「……なるほど。分かりました。そういうことであれば、もし四天王を倒した暁には、その聖剣はありがたく頂戴致しましょう。そしてその力で、必ずや魔王を討ち果たしてご覧に入れましょう」
村長「はい、ありがとうございます!」
勇者は四天王と激闘を繰り広げた末、見事に打ち倒し、村に平和を取り戻してみせた。
その後も旅を続け、いくつかの村や町に平和をもたらし、大冒険の末に、ついに魔王の居城へとやってきた勇者。
魔王「……よくぞここまでたどり着いた、勇者よ」
勇者「覚悟はいいか、魔王よ!貴様を討ち果たし、世界に平和を取り戻す!」
魔王「くくく……威勢のいいことだ。気に入ったぞ」
勇者「気に入った……だと?」
魔王「どうだ、余の部下にならぬか?勇者よ。さすれば世界の半分を貴様に与えよう」
勇者「……何だと」
魔王「余と貴様の力があれば、人間どもの世界を制圧するなど容易いこと。その暁には、その半分を貴様にくれてやろうというのだ。悪い話ではないと思うがな」
勇者「ふざけるな!」
勇者が激昂して叫ぶ。
勇者「俺は貴様を倒し世界を平和にするためにここまでやってきた!そんな要求、断固拒否する!文句があるならここで俺を消し炭にしてみせるがいい!」
魔王「……ふん」
魔王、つまらなそうに鼻を鳴らし、
魔王「やはり人間はくだらぬ。そんなことをして何になるというのだ?世界が平和になれば、どうせ貴様など人間どもにとっては用済みよ。人間どもが貴様に良い思いをさせることなどあり得ん。それよりは、世界の半分をその手に収めたほうが、幾分得するであろうものを……」
勇者「俺は世界に平和をもたらしたいだけだ!良い思いをさせることがない?それがどうした!人々が苦しんでいる姿をこれ以上見るぐらいなら、そのほうがずっと望ましいというものだ!」
魔王「……馬鹿者が」
激しい死闘の末、勇者は魔王を打ち倒した。
四天王よりもはるかに手強く、紙一重の勝利だった。しかし、勝利による高揚感のようなものは何もない。あるのはただ、虚しさだけ。魔王を斬り裂いた最後の一閃の手応えが、まだ手のひらに残っていた。生々しく、気持ちの悪い感触。早く忘れてしまいたい。戦いなんて、もうまっぴらごめんだ。
しかし、故郷の町に戻って、魔王を討ち果たしたことを人々に報告し、喜びに包まれる姿を見れば、きっとこの嫌な感触も消えて、勇者自身も喜びにひたれることだろう。
これで、全てが終わる。
そう思いながら、虫の息で床に倒れる魔王の首に、勇者が剣を突きつけ、とどめを刺そうとする。
魔王「……これまでか。勇者よ、最後に一つだけ、貴様に言いたいことがある」
勇者「……何だ。言ってみろ」
もうこれ以上魔王の声を聞くのも嫌なぐらいだったが、最後の願いぐらいは聞いてやってもいいかと、警戒はしつつも促す勇者。
その後、故郷の町に戻り、人々から大歓迎を受けた勇者だったが、ずっとどこか浮かない表情をしていた。
一体なぜか?
転載元: 「伝説のユシャオの伝説のアドベンチャーますか?」 作者: 光四 (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/10361
魔王「勇者よ。貴様のその剣で、貴様のその盾を突いたら、一体どうなるのだ?」
勇者「……何……?」
魔王が最後に口にしたのは、そんな予想外のことだった。
魔王「その伝説の剣の話は余も知っているぞ。何でも、この世のありとあらゆるものを斬り裂く力があるそうだな。そしてその伝説の盾は、この世のありとあらゆるものから身を守る力があると。では、その剣の斬り裂く力と、その盾の防ぐ力は、どちらが強いのだ?という話をしている」
勇者「…………」
勇者の持つ剣は、先述の湖のほとりの村で四天王を倒した際に、村長からお礼としてもらったものだ。湖の真ん中に刺さっていた、あらゆるものを斬り裂くとされる聖剣。実際に驚異的な力を持ち、この剣無しで魔王を打ち倒すことは到底不可能だった。
そして盾も、似たような経緯で別の場所で手に入れた、あらゆる攻撃を防ぐという伝説の盾。これも別の四天王を倒す過程で手に入れることが出来た。さらに兜と鎧も、残り二人の四天王が関わっていて、どちらもあらゆるものから身を守るというもの。
実は、勇者自身も疑問に思ってはいた。この剣で、盾や兜や鎧を斬ろうとした場合、どうなるのかと。
魔王「試したことはないようだな?どちらにしても、人間どもは貴様を騙していたわけだ。その剣でその盾や兜や鎧を斬り裂けるなら、全てのものから身を守るというのは嘘になるし、逆に剣が盾や兜や鎧に歯が立たなければ、今度は全てを斬り裂く剣という話が嘘になる。辻褄が合わんな?所詮人間などそんなものよ、その場その場を生きることに必死で、そのためならば貴様のような強者を騙すことさえ躊躇なく行う、薄汚い生き物ーーーー」
そこで魔王の言葉は途切れた。
勇者が魔王にとどめを刺し、魔王が息絶えたのだ。
勇者「……生憎だが、俺は人間よりも魔物どものほうが、もっとはるかに薄汚いことばかりやってきたのを嫌というほど見ているのでね。いくら貴様が人間の薄汚さを指摘したところで、貴様らに言われる筋合いはないというものよ。それに、俺だって人間だ。人間は薄汚い、などと言われて、良い気分はしないね」
ただ……と勇者も疑問に思う。
盾を外し、兜を脱ぎ、鎧も脱いで上着だけになる。
もう戦いは終わったのだ、ずっと疑問に思っていたことを試してもいいだろう……そう考えながら、盾に向かって剣を振り下ろした。
故郷の町に戻り、魔王討伐を報告した勇者を、人々は温かく迎えてくれたが、真っ二つになった盾・兜・鎧を全て魔王の居城に打ち捨てたまま、剣だけを身に着けて帰ってきた勇者は、ずっとどこか浮かない表情をしていた。
簡易解説:その最強の剣でその最強の盾を斬ろうとしたらどうなるのだ?と魔王に「矛盾」を指摘されて何となく不愉快にさせられたから