
日本語は主語を省略できる言語だ。
動詞の活用形で主語が分かるから一人称や二人称は省略できる、という言語はあるが、日本語の場合はそれとは異なり、あくまでもコンテキストで判断する。
日本では空気を読むことが特に重視されるのも、それと無関係ではないかもしれない。
例えば、会話の途中で主語を勘違いしていたことに気付き、こっそり話を修正する、なんてこともままある。
そんな高等技術も、社会人生活が長い女にとっては、お手のものだった。
そんな女は、ある日職場での会話で、自分が主語を間違って解釈していることに気付いた。
それでも、そのまま当初予定していたとおりの受け答えをして、何の問題もなく会話を終えた。
どうしてだろう?
*百人一首 その九十九【ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは】からのinspireです。
転載元: 「dann singe ich ein Lied für dich」 作者: gattabianca (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/10827
*特定のスポーツチームのファンの多い地域では、そのチームについて語る時はわざわざ主語を明言しない。
離れた街で働くことになった女は、職場の人たちがスポーツチームについて話しているのを聞いて、いつもの習慣で自分の地元のチームとのことだと思って聞いていたが、彼らは「自分たちの地元」のチームの話をしているのだということに途中で気付いた。
とはいえ、特にスポーツに関心がなく、「ただ話を合わせるだけ」の女にとっては、どこのチームの話でも同じようなものだったので、同じように無難に話を合わせた。
「すごい逆転だったな」
「シーズンオフに補強しましたからね」
「来週試合あるだろ?息子と見に行くんだ。頑張ってほしいよ」
職場の同僚が昼休みに盛り上がっていた。
「今年調子良さそうですね!」
そう口を挟もうとして、私は思い出した。
ああ。この人たちが話しているのは、ラテラルズのことではないんだ、と。
私は、誰もが「水平ラテラルズ」を愛するディープな街で生まれ育った。
その街に本社を構える会社に就職しても、周囲にラテラルズファンは多かった。
私は、スポーツに一切関心がない。
でも、相手に話を合わせることは抜群にうまかった。
スポーツに限ったことだけではない。
私は、どんな話題でも相手に話を合わせることがっきる。
空気を読んで、当たり障りのないコミュニケーションをする能力には自信があった。
それは、日本の社会では思いの外重視される。
そして、日本の会社では思いの外重用される。
…私は、社長一派に可愛がられ、気付いたら会社でかなり優遇されていた。
そんな矢先、社内でクーデターが起きた。
社長につながる者たちは、皆、クビになったり、子会社に出向させられたりした。
末席とはいえ、社長の一派と見做された私も例外ではなかった。
「世渡りだけで出世した女」とレッテルを貼られ、遠くのオフィスに異動が決まったのだった。
その結果、私は、今、ここにいる。
この街の人々は、地元のスポーツチーム「海亀タートルズ」を深く愛していることでとても有名だ。
それは、私の故郷の人々が水平ラテラルズを愛しているのと同じか、それそ超えるほどであった。
「タートルズにあらずんば人にあらず」と冗談めかして言われるぐらいだ。
ああ、もし。もし私が。
「私スポーツよくわからないんです。ごめんなさい」と言えるような性格だったら。
逆に、関心がなくても必死でラテラルズやタートルズのことを勉強するような姿勢があったら。
今頃、事態は違っていたのだろうか。
でも、今更そんなふうに思ったって仕方がない。
私はラテラルズの選手もタートルズの選手も誰一人知らない。
そのスポーツのルールなど、何一つ知らない。
今後も知ろうとすることはないだろう。
そんなものはこの世間で、連帯感と帰属意識を示すためのツールにすぎない。
私は深呼吸してにっこり笑った。
「息子さんと試合ですか?お天気いいと良いですね。今年調子良いですものね!きっと勝ちますよ」
かつてラテラルズの大ファンだった上司に応じたように、主語の一つも付けないで。
*inspire元の詠人は、言わずと知れた、失脚して遠方に行かなければならなくなった全ての人たちのアイコン。
*"99 Luftballons"は、「危険物だと見做された」「ただ風に吹かれて舞っているだけ」の「99」個の風船の歌。
*特定の都市をイメージさせることを避けるため、今回はあえて全てセリフを標準語で表現しました。